ふれずに音を作れる楽器に魅せられて。街角マチコさんのテルミン愛
手で楽器にふれることなく、音を奏でることができる電子楽器「テルミン」。切なさとどこか懐かしさを感じるノスタルジックさがありながら、先進的なサウンドにもマッチする、不思議で心地よい音色が魅力です。
そんなテルミンに魅せられて、プロのテルミン奏者となり、講師としてテルミン教室を主宰するほか、国際的怪電波ユニット「ザ・ぷー」のメンバーとしても活動するようになったという街角マチコさんに、テルミン愛を語っていただきました。
電子楽器なのに、人の声のようなアナログ感もある
――手でふれずに演奏できる電子楽器、テルミンについて教えてください。
街角さん(以下、敬称略):
テルミンは、1920年にロシアの物理学者レフ・セルゲイヴィッチ・テルミン博士が発明した世界初の電子楽器です。テルミンに直接ふれず演奏することができるのは、2本のアンテナが微弱な電磁波を出しているから。
音の高さやボリュームは、これらのアンテナに近づいてくる物の距離と大きさによって決まります。そのため、音を出すには、何かしらの物体を近づければいいのです。
しかし、演奏の場合は単に音を出すだけではなく、音程を決めなくてはならないので、手の形を変えながら音を作ります。
電子楽器テルミン。垂直に立つアンテナは音高を決める。手を近づけると高音、遠ざけると低音に。 もうひとつのアンテナは音量を決める。手を近づけると音量を下げ、遠ざけると上がる。
テルミンを演奏するために何より重要なのは、この手の形を何度でも同じように再現できること。再現性を高めるための反復練習が最も大切です。私も習い始めた頃は、電車の中でもどこでもひたすら練習していました。 周りから見たら、きっとすごくあやしい光景だったと思います(笑)。
テルミンの演奏スタイルを披露してくれた、街角マチコさん。
――マチコさんとテルミンの出合いについてお聞かせください。
街角:
短大を卒業して芝居に傾倒しかけていた2001年に、「テルミン」という映画を見たのがきっかけです。テルミンの開発者である、テルミン博士の生涯を追ったドキュメンタリー映画でした。 その後すぐ、私の師匠でもある竹内正実氏の演奏をたまたまテレビで見て、すっかり引き込まれてしまって…。電子楽器なのに、人の声のようなアナログな感じもあって、 合奏すると同じ音でも演奏者によってゆらぎがあるため、深い音色になるんです。「ロシアに渡って本格的に学びたい!」と思うほどでしたが、ちょうど都内でテルミン教室が始まったので、週一で通い始めました。
――元々、楽器の経験はお持ちだったのですか?
街角:
幼稚園の頃からバイオリンを習っていました。弦楽器とテルミンは、音を出すタイミングや、強弱を決める手と音程を決める手がそれぞれ異なる役割をするところが、少し似ています。 だから、親しみやすかったのかもしれないですね。クララ・ロックモアさんという世界的に有名なテルミン奏者もバイオリンの経験がありましたし、開発者のテルミン博士はチェロをやっていました。
テルミンの魅力をもっと大勢の人に伝えたい
――教える側に立つきっかけは何だったのでしょう。
街角:
教室に通っていた数年間は、純粋に上達したいという気持ちだけで、自分が教える側になる日が来るとは思ってもみませんでした。 ただ、楽器に限らず何事も向き不向きがありますが、幸い私はテルミンに向いていたようで、とにかく楽しかったんです。
講師に転じたのは、竹内氏がテルミンの裾野を広げるために「マトリョミン」という楽器を開発したのがきっかけでした。マトリョミンは、ロシアの民芸品であるマトリョーシカの人形に、テルミンと同じ装置とスピーカーを内蔵した物。 テルミンより小さく持ち運びにも便利で、誰もが手軽に始められるのが魅力です。
使わないときは、ただ置いておくだけでもかわいい「マトリョミン」。テルミンと同様、5オクターブの音域を持つ。
マトリョミンの教室も全国で開講されることになり、第二世代のテルミン奏者を育てるべく、講師は弟子が担当することになったのです。私にも「そのうちの一教室を任せたい」とお声掛けいただきました。
当時は博物館に勤務していたのですが、休日だった月曜日を教室にあてて掛け持ちしながら教えていましたね。夜、ライブハウスなどで演奏するようになったのもこの頃です。
そして2005年からは、テルミン教室「テルミン大学」を主宰し、首都圏のカルチャースクールや音楽教室などでテルミンとマトリョミンを広く教えるようになりました。
マトリョミンは、ピッチ(音高)の制御に集中できるため、テルミン入門者にぴったりなのだそう。
――音楽ユニットでも活躍されていらっしゃいますよね。
街角:
ボーカル兼ギターの街角マチオ、パペットの川島さる太郎、プロデューサーのSONE太郎、テルミンの私で、「ザ・ぷー」として活動しています。 当初は「ザ・プーチンズ」という名前で、私とマチオと川島さる太郎の2人と1匹(?)で始めた趣味的な活動だったのですが、少しずつ注目していただけるようになって…。ついに、プロデューサーまで就くようになりました。
それまで私たちがやっていたことは、ちょっとシュールでピントがずれぎみというか、狙っているんだけど見ている人にはその思いが伝わらないようなことも時々あったんです。
しかし、第三者の視点が加わったことで、より多くの人に伝わっていくスタイルが完成しました。現在のザ・ぷーのライブは、音楽、コント、演劇、アートをミックスした、まったく新しいエンターテイメント空間を創り出しています。
テルミンと現代音楽の融合のほか、テルミン漫談なども皆さんにお楽しみいただいています。
教室だけでなく、ライブをご覧いただくと、テルミンの異なる側面を発見していただけるのではないかと思います。
■ザ・ぷー「テルミン・テルミン」MUSIC VIDEO
――テルミンに関するイベントも主催されているんですね。
街角:
テルミンをテーマにした「全日本テルミンフェス」という音楽フェスを主催しています。実は、日本はテルミンの演奏人口が世界で一番多い国ともいわれているんですよ。 これまで3回開催していますが、前回のテルミンフェスには、師匠をはじめ、名誉会長であるラーメンズの片桐仁さんや多くのアーティスト、文化人のほか、 全国のテルミン奏者やテルミン大学の生徒さんが登場してとても盛り上がりました。ユニット活動を通じて、多くの人にテルミンの魅力を知っていただけるようにもなり、テルミンを介して人の縁が広がっていくのをうれしく思っています。
自分で音を作るのが、テルミンの最大のおもしろさ
――マチコさんが考える、テルミンの一番の魅力はどこにありますか?
街角:
「音を自分で作る楽器である」ということでしょうか。手の形をいつも確実に再現できれば、必ず同じ音が出る。スピードやアクセントのコントロールなど、すべては自分の手の動きで音楽的なニュアンスが作り出せる。 それがおもしろいですし、気持ちがいいんです。教えている生徒さんたちも、意図したとおりに音が出せるようになると、本当にうれしそうな顔をされていますね。
上達には、楽器の構造や仕組みを論理的に教えたほうが理解できるタイプ、感覚で覚えてもらったほうが良いタイプと、生徒さんの個性によってアプローチの仕方や指導法は工夫しています。 でも、どの生徒さんにもテルミンで作る音のおもしろさ、楽器としての演奏の深みを追求してもらいたいという願いは同じです。
テルミンの中身はこちら。演奏環境によって、音量、音域、チューニングを、3ヵ所ある四角いネジで調整する。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
街角:
「街角マチコって、聞いたことある!」とピンときてくださる人を、テルミン界以外にもっと広げたいです。最近は少しずつテルミン自体の知名度も上がってきたように感じていますが、
「テルミン=珍しい楽器」というイメージだけでなく、テルミンの音色のすばらしさ、音を作るおもしろさ、演奏の奥深さをより多くの皆さんに知ってもらいたいですね。
ユニット活動を通じてテルミンの音にふれていただくことは、そのための第一歩だと思っています。
※2020年6月に取材しました
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