人生を変えたビールとの出合い。ビールとともに目指す地域振興の夢

ビールを飲んで楽しむだけではなく、ビアライターとしてその魅力を伝えている富江弘幸さん。さまざまなビールとの出合いやライターとしての活動の中で、ビールとの向き合い方は大きく変化していきました。
ビールを愛してやまない富江さんが目指すのは、ビールによる地域振興です。果てしない夢への第一歩を踏み出した経緯について伺いました。

ビールが持つ多彩な魅力に引き込まれる

──富江さんはビール好きが転じてビアライターとして活動されているとのことですが、元々マニア気質だったのでしょうか?

富江さん(以下、敬称略):

性格的に、「何かを深く追求したい」という気質はありますね。ただ、本当に深い部分まで追求するかといえば、ちょっと違うかもしれません。例えば、ビール以外のコレクションにも何度か没頭したことがあったのですが、どこかで「満足した」というタイミングが必ずやってきました。その中でビールという趣味だけは、いまだに飽きることなく続いていますね。

──ビールにはさまざまな銘柄がありますが、これまでどれくらいの数のビールを飲んできたのですか?

富江:

2015年ぐらいからビールのテイスティングメモを残していまして、それによると2015年から最近までで約360銘柄でした。加えて自著の「BEER CALENDAR」(ステレオサウンド刊)には365銘柄について書いているので、多少重複はあると思いますが、記録として残っているのは700銘柄以上になります。

とりあえず一杯。こちらのビールは「ENJIN WEST COAST YEAST(エンジン ウエスト コースト イースト)」 という銘柄のビールで、五反田にある小規模醸造所「リオ・ブルーイング・コー 東京醸造所」の一品。

――記録に残していない物を含めると、相当な数になりそうですね。

富江:

正確に数えてはいませんが、平均して1日1銘柄は飲んでいますからね。飲み会での試飲などで飲んだ銘柄も含めると、3,000から4,000銘柄くらいになるでしょうか。ただ、ビール仲間もこれくらいは飲んでいると思うので、あまりすごい数ではないと思います。

──いえ、相当な数だと思います(笑)。それだけ飲んでもビール好きが継続しているのは、どんな理由があるのでしょうか?

富江:

ビールとの向き合い方が変化しているから、長続きしているのかもしれません。振り返ると、20歳からいろいろなお酒と出合う中で、「ビールが自分に合う」と感じたのが始まりでした。
ちょうど20歳頃に地ビールブームがありましたし、ベルギービールをはじめとする外国のビールも市場に出回り始めていた頃だったんです(※1)。味の違い、良し悪しなんてわかりませんから、とりあえず珍しいビールを片っ端から飲んでいました。いわゆるジャケ買いのように、「ラベルが珍しいから飲んでみよう」というノリで飲んでいましたね。

※1 1995年は地ビール元年と呼ばれ、1994年の規制緩和によって全国で小規模醸造所が開設された。

富江さんの前に置かれている黒色のビールは「ベルギーチョコレートスタウト」。どちらもベルギーにある「デ・ラ・セーヌ醸造所」と 「RIO BREWING & Co.(リオ・ブルーイング・コー)」がコラボして醸造した珍しいビールです。

──ビールにはどれくらいの種類があるのでしょうか?

富江:

ビールは、原料や醸造法によってさまざまなスタイル(分類)がありますが、ペールエールやスタウトなど150種類以上あります。
例えば日本で大手のビール会社が販売しているのは、ほとんどがラガー系ビールである「ピルスナー」(※2)なんです。これは、日本に限ったことではなく、海外でもビールといえばピルスナーが最も飲まれています。しかし、世界の大多数を占めているピルスナーも、150種の中の1つでしかありません。さらに、現状のスタイルに分類されないようなビールも、まだまだ世の中にはたくさんあります。これを深く調べ始めたら、「ビールって、すごくおもしろい」という風に考えが変化しました。

※2 チェコのピルゼンが発祥とされる、ビールのスタイルの1種。淡い色味が特徴。ラガーは下面発酵酵母の発酵によって造られるビールで、ピルスナーはラガー系統に分類されている。

──ちなみに、富江さんが好きなビールのスタイルは何でしょうか?

富江:

約150種以上あるスタイルの中で、基本的に嫌いなビールはありません。どんなビールも好きですが、その中であえて好みを挙げるとすればIPA(※3)ですね。強烈な苦みがあって、香りが華やかでフルーティーさもあるビールです。

※3 インディアペールエールの略称でアイピーエーと読む。インドがイギリス領の頃、インドに滞在しているイギリス人に向けて、海上輸送中に傷まないよう、 大量のホップを使って造られたことが始まりとされる。

ビール好きが仕事の幅をどんどん広げていく

──ビール好きからライターという仕事につながったのは、何か転機があったのでしょうか?

富江:

元々、自分は編集者・ライターとして仕事をしていまして、「何かを発信したい」という気持ちはずっと持っていました。そこに、自分の好きなビールが具体的な活動としてつながったのは、2012年に日本ビアジャーナリスト協会が開講しているビアジャーナリストアカデミーという講座に入ったのがきっかけです。

──なぜ、ビアジャーナリストアカデミーに入ろうとしたのですか?

富江:

ビールライターとして活動しようと、出版社に営業にも行ったのですが、なかなかビール関係の仕事には結び付かなかったんです。肩書があるわけでもなく、無名のライターですから仕方がないですよね。そんなとき、とあるバーのオープン日にカウンターで飲んでいたのですが、隣に見たことがある人がいたんです。
その方は、日本のビールライターの第一人者である藤原ヒロユキさん(※4)でした。これも運命だと感じて、思い切って話しかけてみたところ、ビアジャーナリストアカデミーを紹介していただいたんです。おかげで、その後の活動につながっていきましたので、人見知りだと臆さずに、話しかけて良かったと思います(笑)。

※4 日本ビアジャーナリスト協会代表、ビアジャーナリストアカデミー学長。ビアジャーナリストであり、ビール評論家、イラストレーターとしても活躍中。

──ライターとしてビールのどんなことを伝えたいと思ったのでしょうか?

富江:

最初は自己満足だったような気がします。単純に「自分が好きなことを伝えたい」という程度のことだったかもしれません。本も出版させてもらいましたが、その後、ライターとして活動する中で、ビールへのアプローチも変わってきました。ビールのおいしさや楽しみ方を伝えるライターはたくさんいますから、それはもう自分の役割ではないと感じているんです。
今、一番興味を持っているのは、ビールを使った地域振興です。地域の特徴や特産品を活かしたビールを使って、地域やコミュニティーを盛り上げるような関わり方をしたいと思うようになりました。

──なぜ、地域を盛り上げるような関わり方をしたいと思ったのでしょうか?

富江:

きっかけは2つあります。以前、ジャパンタイムズという英字新聞社に勤めていたのですが、2017年に創刊120周年を迎えまして、ブラッセルズと京都醸造(※5)との3社でコラボレーションビールを企画したんです。「120周年の節目だから、自分の趣味のビール企画でも通るかもしれない…」という気持ちでしたが、これが実現しました。
思えば、これが「ビールを紹介する」というスタンスから、「ビールを使って何ができるか」という段階に意識が変化した瞬間ですね。

※5 ブラッセルズは、日本初のベルギービール専門店。京都醸造は、クラフトビールを製造している醸造所。ベルギーの伝統にアメリカのスタイルを加えるという試みでオリジナルビールを製造している。

ビアライターとして手掛けた富江さんの著書と、ジャパンタイムズ120周年記念でコラボレーションビールを企画した際に作ったコースター。

──ビールづくりのもっと近い場所に向かおうとしている印象を受けますね。

富江:

もうひとつ、ビールとの付き合い方が変化したきっかけは、岩手県遠野市の遠野醸造(※6)を訪れたことです。あまり知られていませんが、遠野はビールの原料であるホップの生産面積が日本一。そこで、キリンビールと遠野市が組んで、ホップとビールで町おこしをするというプロジェクトを進めていたんです。そして、移住者を募集し、遠野醸造が誕生しました。
遠野醸造は、ビールを使って地域コミュニティーのハブのような存在になっている醸造所なんです。しかも、醸造タンクなどの設備はクラウドファンディングで、支援を募って購入している。大企業が全部出資し、意見も出してという形ではなく、あくまで地域と移住者が主体で、彼らのやりたいことに賛同する方々と街を創り上げているという点もすばらしいと思います。

※6 株式会社遠野醸造。岩手県遠野市に誕生した小規模醸造所。遠野を拠点に、醸造家・生産者・地域住民が一体となってアイディアを共有し、開かれたビールづくりを行うことをミッションとしている。

──ビールによる地域振興を目の当たりにされたわけですね。

富江:

さらに、何がすごいかというと、醸造所といえば、ブリュワー(醸造家)が、自分が好きな味のビールを造って、みんなに飲んでもらいたいという理由で立ち上げることが多かったんです。ですが、遠野醸造はそれだけでなく、ビールを造ることで地域の価値を高めているわけです。
この違いはとても大きくて、遠野醸造をきっかけに、「地域の発展のためにビールを造る」という流れが作られてきたように思います。ただ、おいしいビールを造るだけではなく、地域を巻き込んでいっしょに動かしていく。この遠野醸造の試みが非常におもしろいなと感じましたね。

──普段の活動にも変化があったのではないでしょうか?

富江:

変わりましたね。普段飲むビールも、以前はアメリカやベルギーのビールを比較的多く飲んでいました。アメリカは醸造所数が世界で最も多く、どんどん新しいスタイルのビールを生み出している国ですし、ベルギーは魅力的なビールが豊富です。
ただ、地域振興を考えるようになってから、日本の小規模醸造所のビールをより意識して飲むようになりました。それぞれの地域で、どんなビールが造られているのか、どんな特色を取り入れているのか。それぞれの地域のビールを飲むことで、ビールと地域振興への興味が、より増していると感じます。

地域振興が進めば、ビールの概念が変わるかもしれない

──まだまだ、一般的に知られていないビールもたくさんありそうですね。

富江:

そうですね。例えば飲み方ひとつとっても、日本では「ビールはキンキンに冷やして飲む」という考えが一般的ですよね。確かに、暑い日にキンキンのビールを流し込むのはとても気持ちいい。僕も好きです(笑)。ただ、ピルスナーはキンキンでも構いませんが、それはビールが持つ魅力の一面に過ぎません。中には、12℃ぐらいの温度で飲んだほうが香りが引き立ち、おいしい銘柄もあります。
また、熟成させられるビールの場合、キンキンに冷やしすぎても、温度が高すぎてもうまく熟成が進みません。

──ビールを熟成させるというのは驚きです。

富江:

確かに不思議な感じですよね。実はベルギーでは、賞味期限が長く、瓶内で熟成するビールが多いんですよ。今、自宅のセラーで寝かせているビールにナインテイルドフォックス(※7)という栃木のビールがありますが、これも長期間寝かせることができるビールです。賞味期限が25年と非常に長いビールで、10年、20年と寝かせていくと味が変化していきます。
僕が寝かせているのはナインテイルドフォックスの2014年もので、僕の子供が生まれた年のビールなんです。子供が20歳になったとき、いっしょに飲んだら楽しいだろうなと。これは、以前通っていたショットバーで、店員さんが「友人にお子さんが生まれたから、今年のワインをプレゼントする」という話をしてくれたのがきっかけです。ナインテイルドフォックスなら、ビールでも同じことができると思って始めました。

※7 那須高原ビール株式会社の銘柄のひとつ。数ある銘柄のうち、唯一ヴィンテージビールとして製造・販売されている。

富江さんが大切に寝かせている「ナインテイルドフォックス(2014)」。このビールを開ける予定は、20年後の2034年!

──20年寝かせたビールを成長したお子さんと楽しむというのは、一般的に知られていないビールの楽しみ方ですね。味はどのように変化するのでしょうか?

富江:

ビールを熟成させると、寝かせるごとに味の角が取れてまろやかな味わいになります。マニアの中では、同じ年に造られたビールを何本も買っておいて1年おきに飲んでみたり、生産年が異なる物を購入して、ワインでいうところの垂直飲み(※8)で楽しんだりする人もいますね。

※8 生産年が違う同じ銘柄の物を飲み比べすること。

──ビールでの地域振興が進むと、一般的なビールの概念も変わっていくかもしれませんね。

富江:

そうですね。大手のビールもおいしいのですが、日本の小さな醸造所の取り組みを知るだけでも、ビールの楽しさは広がりますからね。知っておいて損はないと思います。
地域とビールの関わりで例に出したのは遠野醸造ですが、ほかにも地域との関わりが強いビールはたくさんあります。ビールを看板に地域振興が進んだら、「キンキンに冷えたビールだけがビールの飲み方ではない」「ビールも寝かせられる物がある」といったことが、もっと認知されるかもしれませんね。

──ビールは、富江さんの人生に大きな影響を与えていると思いますが、ご自身にとってどんな存在になっていますか?

富江:

ビールは、実際に飲んだら気分がいいし、やる気もわいてくるものです。普段の生活の中では、清涼剤でもあり、エネルギーをもたらしてくれる存在といえるでしょうね。また、人生という意味でも影響は測り知れません。ビールを好きにならなかったら、今の自分が何をやっているか想像できないほどです。生活でも人生においても、自分を突き動かしてくれる原動力だと感じています。
今後も、さまざまなビールと地域に出合いながら、活動を広げていきたいと思います。

<プロフィール>
富江 弘幸(とみえ ひろゆき)

1975年、東京都生まれ。法政大学社会学部卒業後、出版社でライター・編集者として雑誌・書籍の制作に携わる。その後、中国留学、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、ビアライターとして活動中。ビアジャーナリストアカデミーの講師も務める。著書に「教養としてのビール」(SBクリエイティブ)など。

EVER BREW株式会社

住所 東京都港区三田2-14-5 フロイントゥ三田1005号室
電話 03-6206-6550
URL http://www.everbrew.co.jp/

※2020年3月に取材を行いました

 

執筆者プロフィール

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