3秒に1羽のひよこを鑑別!グローバルに活躍する初生雛鑑別師の仕事

「初生雛鑑別師」は、生まれたてのひよこの雌雄を鑑別する職業です。瞬時に判断し、次々と選り分けていく手さばきは、まさに職人技。
山崎正樹さんは現役の鑑別師であり、国内唯一の初生雛鑑別師養成所の所長。18歳で養成所に入所してから、約50年ものあいだ、ひよこに関わり続けています。 初生雛鑑別師の役割や活躍の場について、山崎さんにお話を伺いました。

雛の鑑別は日本発祥の畜産技術

――初生雛鑑別師の仕事について教えてください。

山崎さん(以下、敬称略):

初生雛鑑別師は、目的に合った育て方をするために、孵化したばかりのひよこの雌雄を鑑別する仕事です。ひよこが成長すれば、ぱっと見ただけで誰でも簡単に雌雄を判別することができますよね。 しかし、採卵用の品種の場合、雄として生まれてきたら採卵はできませんし、そのまま育てても肉が付かないため、食用に転じることができません。 エサや施設を無駄にしないためには、ひよこのうちに的確に雌雄を見極めることが重要なのです。

――鑑別はどのように行うのですか?

山崎:

肛門にある生殖突起で見分ける「肛門鑑別法」と、雛の羽毛の伸びによって見分ける「羽毛鑑別法」があります。判断しやすいように周りを暗くして、手元だけをライトで照らして行います。
肛門鑑別法は、1924年に日本で発見された畜産技術なんです。数年のうちに実用化され、次第に世界に広まっていきました。 現在の主流は、雄と雌で羽が伸びるスピードが異なることを利用し、羽のそろい具合などで見極める羽毛鑑別法です。 こちらのほうが、比較的特殊な技術が必要ありませんが、品種改良したひよこしか対応できないんです。
最近は、卵の段階で雌雄を分ける研究が進んでいますが、作業の正確性という意味では手作業にかないません。 指先の感覚が優れた日本人の高等鑑別師は、約3秒に1羽のペースで鑑別し、その精度は99.5%以上なんですよ。

プロとしての最初の一歩は海外が多い

――初生雛鑑別師には、どうしたらなれるのでしょうか?

山崎:

まずは、公益社団法人畜産技術協会が運営する養成所に入所し、4月から8月までの5ヵ月間、鑑別師養成講習を受けて、初等科を修了する必要があります。 ただし、初等科を修了しただけでは、職業鑑別師としての資格を得ることはできません。
初等科を修了後、各地の孵化場で鑑別師研修生として実技指導を受け、高等考査にパスして、初めて初生雛鑑別師になることができるんです。 高等審査は年に2回ありますが、合格までにかかる期間は人それぞれですね。1年で合格する人がいる一方で、3年以上かかってようやく合格する人もいます。 平均すると、2年程度でしょうか。高等考査は実技試験なので、ハードルが高いんですよ。

――かなりの覚悟が必要ですね。晴れて合格した後は、どのようなところで活躍できますか?

山崎:

国内では、これまで各地に点在していた孵化場の統合が進み、勤務する場所自体が少なくなってきています。 若いうちはフランス、ドイツ、ノルウェー、ニュージーランドなど、養鶏が盛んで初生雛鑑別師の需要が高い海外で働くことが多いですね。

資格を取得したら、畜産技術協会の各支部に所属し、そこから海外の孵化場に派遣されることになります。 国内で鑑別するのはニワトリの雛がほとんどですが、海外では七面鳥もいればアヒルもいるし、ガチョウやホロホロ鳥もいる。 将来的に国内で働くとしても、いろいろなひよこにふれられる海外での経験は貴重だと思います。

場所やスキルにもよりますが、年収で5万ユーロ(約600万円)くらいもらえる場合もあります。毎日鑑別の仕事があるわけではありませんので、さまざまな経験もできると思います。

集中力が問われるハードな現場で、最大のやりがいはひよこの愛らしさ

――山崎さんも海外での勤務経験があるそうですね。

山崎:

はい。私が初生雛鑑別師を目指したのは高校時代、雑誌でその存在を知ったことがきっかけでした。 珍しい仕事に興味があったことと、海外で働いてみたくて、当時名古屋にあった養成所へ入所したんです。 初等科を修了した後は、プロの鑑別師のもとで修業を積みました。仕事が終わってからもひたすら練習、練習の毎日でしたね。
高等考査に合格して、プロの鑑別師としての一歩を踏み出したのは1974年、西ドイツの孵化場でした。そこからベルギー、スウェーデン、ノルウェーで働き、日本に戻ってきたのが1986年。 当時から、需要に応じて各国を渡り歩く働き方は一般的でした。

ちなみに、ひとつの国でも、1ヵ所にとどまって働くわけではないんですよ。月曜日から金曜日まで、さまざまな現場を回るんです。 1日に3ヵ所の現場で勤務したり、宿泊所を出て戻ったのは3日後だったりなんてこともありました。若くて体力があったとはいえ、さすがに寝不足でつらかったですね。 今は、現場の近くに宿泊所があるのが一般的になって、労働環境はだいぶ改善されているようです。

――海外で鑑別師の養成は行われていないのでしょうか?

山崎:

韓国には技術が伝わっていますが、日本人と韓国人以外の鑑別師はほぼ見ませんね。食肉用なら雌雄を分けずに育てる国もあるようなので、その場合は鑑別師の必要がないことになります。 あとは、欧米の人は手が大きいので、小さなひよこの鑑別に向かないという話も聞いたことがあります。

――今も現役で仕事をする中で、やりがいを感じる点、そしてこの仕事のつらいところを教えてください。

山崎:

朝7時から15時くらいまで、休憩を挟みながらひたすら鑑別を行うので、見た目以上にハードなんです。 しかも、ひよこは孵化してから時間が経つほど状態が悪くなるので、鑑別したその日のうちに出荷するのが原則です。

鑑別には正確性とスピードが求められます。狭い場所でひたすら集中し続けなければならない点は、この仕事の最大の難しさであり、つらいところですね。 現場はひよこの羽毛やほこりも舞いますし…。作業が長時間に及ぶと、肉体的にも精神的にもかなり疲れてきます。毎日鑑別の仕事があるわけではないですが、目も腰も痛くなりますよ。
それでも、かわいらしいひよこを見てふれていると、自然と力がわいてきます。やりがいは何といっても、ひよこの愛らしさですね。

初生雛鑑別師になるのはどんな人?

――山崎さんは、養成所の所長も務めていらっしゃると聞きました。入所を希望するのは、どんな人が多いですか?

山崎:

養成所では、入所資格を「満25歳以下で、高等学校卒業者またはこれと同等以上の資格がある人」としています。 高校や専門学校を卒業してすぐ入所を希望する人もいれば、四年制大学を卒業した人もいて、学歴はさまざまですね。視力1.0以上という条件がありますが、これはメガネなどの矯正視力でも大丈夫です。

わりと多いのが、一度社会に出て働いたけど、勤務先の雰囲気や仕事が合わなくて辞めてしまったという人。初生雛鑑別師は、基本的に一人で黙々と取り組む仕事なので、人と接するのが苦手な人や、組織になじめない人にも向いているかもしれません。男女比はだいたい6対4ですね。昔は圧倒的に男性が多かったのですが、10年くらい前から女性も目立つようになりました。インターネットでちょっと変わった職業を探して初生雛鑑別師にたどり着いた人や、海外で働きたいから資格取得を目指すという人も多いですよ。

――鑑別師に向いているのは、どのような人でしょうか?

山崎:

器用である、創意工夫できる、貪欲に技術を突き詰められる、忍耐強いといった要素を持った人ですね。それに、「海外で活躍したい」「珍しい仕事がしたい」といった明確な目標があると、なかなか高等考査にパスできなくても、あきらめずに努力できるんじゃないかと思います。
鑑別師になった後は、全国から多数の鑑別師が参加して年に1回開催されている「全日本初生雛雌雄鑑別選手権大会」を目標にするのもいいですね。技術の向上と普及を目的として行われているこの大会では、100羽の雛を鑑別するスピードと正確性を競います。チャンピオンには、「農林水産大臣賞」ほか、多数の褒賞が贈られるんですよ。

――今後の初生雛鑑別師について、お考えをお聞かせください。

山崎:

人の手に勝る技術がなく、グローバルに求められている仕事である以上、今後も安定的に仕事はあり続けると思います。
日本の技術力は高く評価されています。仕事は多くて週に2~3日といったところですから、Wワークでも、趣味としてでも働けるのが初生雛鑑別師の良いところ。国内で今活躍しているベテランとの世代交代も見据えて、資格を持つプロを増やしていきたいですね。

<プロフィール>

山崎 正樹(やまざき まさき)

公益社団法人畜産技術協会 初生雛鑑別師養成所所長。初生雛鑑別師の資格を取得してから西ドイツに渡り、ヨーロッパ各地の孵化場で研鑽を積む。 帰国後さらに経験を積み、日本唯一となった初生雛鑑別師養成所所長に就任。後進の育成を行いながら現役の初生雛鑑別師として活躍中。

●取材協力
公益社団法人畜産技術協会
※2020年3月に取材しました

 

執筆者プロフィール

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