万年筆収集が高じてみずからインクブランドをプロデュース!
万年筆収集の趣味が高じて、みずからインクブランド「Tono & Lims」を立ち上げたTono(との)さん。
作りたかったのは、みんながワクワクするような新しいインク、そして自分が欲しかったインク。Tonoさんから飛び出すアイディアの数々は、万年筆インクのイメージを覆す取組みだったのです。
Tonoさんが持つこだわりの世界と、万年筆&インク愛についてお伺いしました。
多彩な要素が楽しめる万年筆の魅力
──そもそも、どのようなきっかけで万年筆を集め始めたのでしょうか?
Tono:さん(以下、敬称略)
元々、コレクター気質で、並べて楽しい物が好きなんです。文具が好きで、以前は万年筆よりもボールペンを集めていました。万年筆は、過去に飛行機の中でインク漏れを経験したこともあって、その当時はそれほど惹かれてはいなかったんです。
ところが、海外出張でウィーンに行った際に、ボールペンを買い求めにいったお店で、モンブランの「レオナルド・ダ・ヴィンチ」(※1)という素敵な万年筆を目の前に出されてしまって(笑)。それが運命の出合いでした。
※1 モンブランは1906年に誕生した、ドイツを代表する万年筆ブランド。ペン先にモンブランの標高である「4810」が刻まれている。高級筆記用具の代名詞として、世界中に愛好家がおり、万年筆の最高峰として人気を博している。「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は、グレートキャラクターズというシリーズのうち、限定3,000本で販売された逸品。
──ボールペンが普及した昨今では、万年筆は高級な文具という印象を受けますね。
Tono:
確かにボールペンは低価格でメンテナンスが不要、どこでも買えるという利点があります。でも、万年筆にも低価格のラインナップもありますし、圧倒的に書きやすいんです。万年筆はまったく力を加えずに書けますし、使っていると自分の手になじんできます。
万年筆に慣れると、ボールペンはとても疲れてしまうんですよ。あとは、万年筆で書くと自分の字が格好良く見える(笑)。「これは自分の字だったかな?」と、錯覚してしまうほどですね。
──自筆が格好良く見える!それは体験してみたくなりますね。
Tono:
万年筆の書き味自体を、楽しんでいる方もいますからね。友人はストレスが溜まると、ペン幅がすごく太い万年筆でなぐり書きをして、解消しているらしいです(笑)。
──コレクターズアイテムとしての万年筆の魅力は、どんなところでしょうか?
Tono:
万年筆の本体は金属や木、レジンなど、多彩な素材で作られていて、色や形、手に持ったときの感触など、自分に合う物を探す楽しみがあります。
また、廻り止め(※2)にモチーフをつけられるのも楽しいところです。さらに、ペン先もメーカーによって形や書き味が変わりますから、こうなるともう歯止めが利きません。
※2 万年筆が転がるのを防ぐため、キャップにつけられる装飾部分のこと。
Tonoさんの万年筆コレクション(ほんの一部)。廻り止めにウミガメがあしらわれている。
──コレクションする上でのこだわりをお聞かせください。
Tono:
実は特にないんですよ(笑)。人によっては素材やメーカーのこだわりがありますが、私の場合は気に入った物なら、こだわりなく買います。しいていえば、カラフルな物が好きということぐらいでしょうか。
──現在、コレクションは何本ぐらいお持ちですか?
Tono:
1,000本を超えてから数えなくなりました(笑)。
Tonoさんの万年筆コレクション(ほんの一部)。インスピレーションで集めてしまうとか。
パートナーとの出会いがインクづくりを実現させた
──万年筆コレクターからインクブランドを立ち上げるまでに至ったのは、どのような理由からでしょうか?
Tono:
万年筆と同様、インクの収集も好きでした。ただ、インクについては何かできないか…と思っていたんです。そんな中、転機になったのは2019年7月に、ISOT(※3)でパートナーとなるLim(りむ)と出会ったことです。
Limはデザイナーでもあり、インクを調合できるスキルも持っていたこともあって、出会いからすぐに意気投合して、12月にはインクブランド「Tono & Lims」を立ち上げました。
現在は、私がおもに全体のプロデュースとマーケティング・ビジネスディベロップメント(市場調査や新規事業開発)、Limがマニファクチャリング(製造)とデザインを担当しています。
※3 ISOT(イソット)は、文具・紙製品・オフィス用品の日本最大の展示会。
──驚くほど短期間でインクブランドを立ち上げられたんですね。
Tono:
それはLimが、元々ほかのメーカーのインク製作を手掛けていたからですね。彼のノウハウがなければ、インクづくりのさまざまなハードルを越えることはできなかったと思います。
──みずからインク製作を手掛ける上で、どのような物にしたいと考えましたか?
Tono:
今までにないワクワクするようなインクを提供したい、そして自分が欲しいインクを作りたいという気持ちでした。
大手のメーカーさんは、採算ラインを考えると、どうしてもパキッとした色合いの売れ筋の物が中心になります。ですが、私はちょっと淡い系の色が好きで、あまりメーカーさんが出していない色を中心に取り組みました。最初は仲間内で楽しんでいましたが、そこから徐々に認知されてきまして。やがて、ブランドとしての方向性を意識するようになりました。
──具体的にはどのような方向性でしょうか?
Tono:
インクである以上、色そのものは劇的に変わることはありません。そこに、こちらの考えやストーリーを盛り込んで、買っていただいた方に楽しんでもらおうという意図を取り入れました。
例えば、最初にスタンダードカラーとともに発売したのが「都道府県シリーズ」です。これは、各都道府県の県花をモチーフにしたインクなんです。京都府の花であれば桜(しだれ桜)ですが、桜を県花(府花)にしている県は4つありまして…。そこで京都府は、夜桜をイメージしたインク「Shade of Sakura」として発売しました。
──確かにインクからストーリーやイメージを膨らませるという試みは斬新ですね。
Tono:
さらに、2019年の春にブレークスルーがありました。「Strawberry Ice」というインクを発売したのですが、これが女性の皆さんに好評で、つい最近まで最も売れたインクでした。イチゴのアイスということで、赤でもピンクでもない、フレッシュなイメージを狙った色です。
個人的にスイーツも好きで、「Baby Color Line」としてスイーツをシリーズ化しています。その最新作が「Yakiimo(焼き芋)」で、焼き芋をイメージした黄色のインクとなっています。
スイーツ好きなTonoさんならではのアイディアで誕生したインク「Strawberry Ice」。
──インクから焼き芋という発想には驚かされますね(笑)。
Tono:
何かしらの意味があれば、すぐにインクにしてしまいます(笑)。日常生活の中で気付いたこと、人との関わりで思い付いたこと、ただ色を作るのではなく、何かプラスになることがないか考えて取り組むことが多いです。今は調子付いて、次々とアイテムを出しているところですね。
──これまでの概念を覆すインクを送り出しているという印象です。
Tono:
香りのついたインクや、UVライトをあてると光るインクも発売しました。決定版は、1周年記念で発売したインク「SPACE - Universe」です。これは、透明なインクにラメを加えて、書くとラメだけが残るというものです。透明なインク部分は、UVランプに反応して光ります。
我々のインクは混色が可能で、好きな色に混ぜてもらうとラメを楽しめるんです。
直近ではインクと音楽とのクロスオーバー(※4)も試みていますし、アイディアは尽きません。私もLimも思い付いたら「すぐに作りたい!」というタイプですので、次々と発売してしまいます。
※4 楽曲をイメージしたインクのシリーズで、パッケージ内の2次元コードをスマートフォンで読み取ると、楽曲ファイルにアクセスして音楽を聞くことができる。
ラメ入りのインク。万年筆のインクという固定概念を取り払う色合い。
──インクというよりは画材のような印象すら受けます。
Tono:
そうですね。私は、「万年筆用のインクだけ」という役割は持たせず、画材という位置付けで考えています。
みんなで楽しめるアイテムとしてインクを使ってほしい
──万年筆というと少しお堅いイメージがありましたが、Tonoさんのインクは全体的に楽しい雰囲気ですね。
Tono:
「みんなで楽しみたい」という気持ちが強いですね。インクを発売しただけで終わるのではなく、どんな楽しみ方があるのか、どんな組み合わせがおもしろいのか…。例えば、ユーザーの皆さんがインクを持ち寄って、いろいろな色を混ぜて楽しむ場を作るのもおもしろいでしょうね。とにかく、友人やユーザーさんと意見を交換することは、日頃から欠かさず行っています。
研究ということもありますが、何より私自身が楽しいので!(笑)
──昨今はSNSで、ユーザーさんが実際に楽しんでいる様子も伝わってきます。
Tono:
コレクションを突き詰めるジャンルとなると、どうしても狭い世界になりがちですよね。私自身もそういう気質なのですが、「オープンにオタクをしましょう」という気持ちです。
「Tono & Lims」のインクには「皆さんもオープンな気持ちで、いっしょに楽しんでください」という意図が裏のメッセージとして込められています。ですから、その一翼としてインクが役立つなら本望ですね。
──インクは人との絆を結ぶという意味でも、重要なアイテムなんですね。
Tono:
はい。現在、私生活でご縁がある方は、万年筆やインク関連の方が多いです。本業はユーザーさんとはまったく関わりのない仕事ですから、こうして直接ユーザーさんと話す機会が多いのは、非常に楽しいです。
今は2週間に1回、いろいろな場所で万年筆をはじめとする筆記用具や、インクなどの画材を使ったイベントを開催していますが、そこで直接ユーザーさんと話しながら、ユーザーさんの好みの色を作るという試みも行っています。
イベントで使用する、調色の素となるカラーインク。お客様からのオーダーに従ってこれらの色を混ぜ、お客様の好みの色を作りだす。
──しかし、本業とインクブランドの両立は、苦労が多いのではないですか?
Tono:
平日は本業、夜と週末はインクという感じです。何が犠牲になっているかというと、家の掃除と整理ですね(笑)。
──ここまでブランドが拡大すると、今後の展開も興味深いです。
Tono:
ありがとうございます。ただ、私は飽き性でもあって、いつもは3年ぐらいの周期でほかのコレクションに移行することが多いんです。ただ、万年筆とインクは長いですね。出合いから7年くらいかな…?
インクに関しては、ブランドまで立ち上げて、160種類以上も出させていただいていますので、製造者としての責任として、最後まで付き合うことになると思います。
──将来的に、Tonoさんが叶えたい夢をお聞かせください。
Tono:
まず、Limのすごい才能を皆さんにもっとお見せしたいですね。アーティストとしての彼の才能を、全部引き出せたらと思っています。
そして、もっと多くの人にインクを使ってもらえるとうれしいです。万年筆のインクということにこだわらず、画材はもちろん、ユーザーの皆さんが思い付く使い方で、コミュニケーションツールとして使っていただけるともっと楽しくなると思います。
<プロフィール>
Tono(との)
人と話すことや、いろいろな所に行くのが好きな一方で、家に閉じこもって過ごすのも好き。話をして、相手の反応を見るのが趣味。
普段の仕事は、インクや万年筆とはまったく違う領域だが、最近名刺入れの中に文具店など、文具関係の方の名刺が多くなってきているのが悩み。薬学博士で、一応化学的なことは理解可能な範囲。いつも考えているのは、「それは楽しいのかどうか」。
Twitter:Tono & Lims
※2020年2月に取材を行いました
執筆者プロフィール