眠りたいのに眠れない…「不眠」が与える影響とその解消法
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う生活への不安、環境の変化などから、不眠に悩む人が増えたといいます。
「睡眠時間の減少や睡眠の質の悪化が続くと、心身にさまざまな不調を引き起こす可能性がある」と話すのは、「青山・表参道 睡眠ストレスクリニック」の中村真樹院長。不眠や寝不足が続くと、仕事のパフォーマンスが低下するばかりか、認知症やうつ、生活習慣病のリスクも上がるというから深刻です。
そこで、睡眠の改善に真剣に取り組みたい方に向けて、すこやかな心と体の維持に欠かせない、良質な眠りのヒントを中村院長に教えていただきました。
睡眠は心身の健康を守る重要なファクター
――まず、睡眠にどのような役割があるのか教えてください。
中村さん(以下、敬称略):
睡眠の役割には、主に「記憶の整理」「疲労回復」「成長促進」があり、睡眠中に心身のメンテナンスをしています。
<睡眠の役割>
・記憶の整理:脳の疲れをとり、記憶の整理と定着を促す
・疲労回復:体の疲れをとり、病気の回復を促す。また、免疫力の回復・強化を促す
・成長促進:傷ついた細胞を修復し、体の成長を促す
脳や体の疲れを回復させ、生命活動を維持するために、睡眠は欠かせないものだといえます。
――では、なぜ眠りたいのに眠れないことがあるのでしょうか?
中村:
まず、不眠の原因からお話ししましょう。不眠の原因は、大きく分けて5つあります。
<不眠の原因>
・心理学的原因(Psychological):ストレスなどによるもの
・生理的原因(Physiological):昼寝・夜更かし・運動不足や、不規則な生活習慣、就寝環境によるもの
・精神医学的原因(Psychiatric):うつ病、不安障害、アルコール依存など、精神疾患に伴うもの
・身体的原因(Physical):身体疾患による不快感・痛みなどによるもの
・薬理学的原因(Pharmacological):薬の副作用や、お酒・カフェイン・喫煙など、嗜好品によるもの
そして、入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒のいずれかの不眠の症状がひとつ以上あり、寝不足の結果として、疲労感・倦怠感や眠気、意欲低下・イライラなど、日中の生活に影響を及ぼす状態が少なくとも週に3回、3ヵ月にわたって続いた場合に「慢性不眠障害」、3ヵ月未満の場合は「短期不眠障害(急性不眠症)」と診断されます。
■不眠の症状
・入眠困難:寝ようとしてから実際に入眠するまで30分以上かかり、寝付きが悪い状態。「すんなり眠れない」「寝付くまで時間がかかる」と感じる。
・中途覚醒:一度は入眠するものの、起床時間までに2回以上目が覚める状態。「何度も目覚めて、ぐっすり眠れない、寝た気がしない」と感じる。
・早朝覚醒:起きようとする時間の2時間以上前に目が覚め、もう一度眠ろうとしても眠れないか、眠っても熟睡した感覚がない。
「睡眠時間はたっぷり取っているのに、寝た気がしない」と訴える熟眠障害もありますが、熟眠感は人によって異なり、感覚的で定量化しにくいため、慢性不眠障害の症状には含まれていません。
――新型コロナウイルスの感染拡大で、不眠に悩む人が増えたと聞きました。
中村:
そもそも、人はストレスを感じると興奮・緊張状態になり、寝付きが悪くなったり、中途覚醒が増えたりします。コロナ禍では、感染に対する不安、外出制限や在宅ワークの増加による環境の変化など、ストレスになる要因がたくさんありましたよね。
不眠を理由にクリニックを訪れた患者さんでコロナウイルスに対する不安が強い方には、関連のニュースにふれることで不安や緊張が強まるのを避けるために情報収集は最小限にとどめ、できるだけポジティブでユーモラスな情報にふれることをおすすめしています。
不眠障害が長引くと、身体的・精神的疾患のリスクが高まる
――不眠障害が続くと、心身にはどんな影響があるのでしょう。
中村:
不眠による寝不足が続くことで、さまざまな疾患のリスクが高まることがわかっています。
例えば、生活習慣病や糖尿病。実は、睡眠時間と食欲には深い関係があって、睡眠時間が短くなるにつれて食欲を増進させるグレリンというホルモンが増え、満腹感をもたらすレプチンというホルモンが減少するんです。このため、十分な睡眠がとれないと必要以上に食欲が増し、結果として生活習慣病や糖尿病になりやすいと考えられます。
また、短時間睡眠の翌日は血圧が上昇するなど、血圧への影響も大きいですね。これに伴って、狭心症や心筋梗塞など心臓の病気の発症率も上がりますし、高血圧、糖尿病、高脂血症を原因とする血管性認知症にも注意が必要です。
――認知症のリスクも上がるのですね…!
中村:
認知症にはいくつか種類がありますが、脳に「アミロイドβ」や「タウタンパク質」という特殊なたんぱく質が脳に溜まることで神経細胞が壊れ、その結果、脳が委縮することによって起きるアルツハイマー型認知症があります。これにも、睡眠が関わっているんですよ。
アミロイドβもタウタンパク質も睡眠中に排出されるため、起きている時間が長く、睡眠時間が短いと、必然的にアミロイドβやタウタンパク質が脳に溜まったままになります。タウタンパク質については、20代の人でも7〜9時間の十分な睡眠をとったときと完全徹夜後を比較したら、完全徹夜後は十分に睡眠を取れたときの10倍近く残っていたという報告があります。
――想像以上に睡眠が重要であることがわかりますね。
中村:
心の面では、睡眠不足によってうつ病のリスクも高まります。中学生を対象としたある調査結果(※)によれば、睡眠時間8時間(±30分)を基準にしたとき、睡眠時間6時間程度でうつのリスクが1.5~2倍、5時間程度では3倍以上になることがわかっています。
※毎日新聞朝刊「中学生の睡眠時間とうつのリスクとの関係」(2016年6月19日)
睡眠負債は、寝溜めをしても簡単には解消されない
――睡眠時間は、何時間くらいが理想的ですか?
中村:
必要な睡眠時間には個人差があるので一概にはいえませんが、2015年に全米睡眠財団が調査した報告では、成人でも7〜9時間が望ましいとされています。
ちなみに、7、8時間の睡眠を必要とする人が夜中の2時頃に寝た場合、体と脳は9時から10時くらいまで眠ろうとします。そのため、7時頃に起きて活動を開始しても、5時間睡眠では心身ともに十分に目覚めていないため、寝不足の影響で体の不調や眠気が残り、十分な活動をすることができません。起きる時間から逆算して十分な睡眠時間がとれる時間に就寝することが大切です。
――「休日はあまり睡眠時間が取れないので、休日にしっかり寝る」という人がいます。寝溜めをすれば、心身のダメージは回復するのでしょうか?
中村:
休日に長く寝てしまうことを「寝溜め」といいますが、それは間違いで、「眠り」は貯金のように貯めることはできず、休日に長く眠ってしまうのは寝不足による「眠りの借金(負債)」を返済しているにすぎません。
必要な睡眠時間に対して実際の睡眠時間が足りていないと、その差分は睡眠負債として蓄積し続けます。この寝不足を続けたことで増え続けた睡眠負債は、1日や2日いつもより長く眠ったところで焼け石に水。膨れ上がった多額の「眠りの借金」を少し返済しただけに過ぎません。
ある研究では、5時間前後の睡眠を数ヵ月続けた場合、その後に規則正しく連続した9時間睡眠を1ヵ月続けて、ようやく睡眠負債から回復したとの報告もあります。「週末に寝溜めをすれば、平日は夜更かしして短時間睡眠でも大丈夫」という考え方は危険です。また、休日に起きる時間が平日より極端に遅くなると体内時計が乱れ、社会的時差ボケ(Social Jet Lag)といって、休み明けに時差ボケと同じような状態に陥ることもあります。
――一時期、「ショートスリーパー」という言葉をよく聞きましたが…。
中村:
医学的に推奨される成人の睡眠時間が7〜9時間とされていますが、これより少ない睡眠時間(6時間未満)で「毎日、目覚ましなしで自然に目覚め、日中に眠気を感じず過ごせる」人をショートスリーパーといいます。
「訓練すればショートスリーパーになれる」といった話も聞きますが、ほとんどの人は6時間以下の睡眠では足りず、昼間に眠気を感じるはず。無理やり目覚ましで起き、昼間の眠気や集中力低下をタバコやコーヒーやエナジードリンクで紛らわし、眠気対策に数時間ごとに仮眠をとったり、目覚ましをかけなければ長く眠ったりするなら、それはショートスリーパーではありません。
5時間睡眠を1週間続けると、徹夜明けと同じくらい注意力・集中力が落ち、能率(労働生産性)が40%近く落ちるそうです。慢性的な睡眠不足状態だと、この注意力・集中力が落ちた非効率的な状態が当たり前と感じてしまうとされています。
「自分はショートスリーパーだ」「短時間睡眠でも平気だからショートスリーパーになれるかも」と思っていても、非効率的な睡眠不足状態に慣れてしまっただけのことが多いです。
良質な睡眠のための3つの条件
――良い眠りを得るには、どうすればいいのでしょう。
中村:
良質な睡眠には、3つの条件があります。
1つ目は、十分な睡眠時間を示す睡眠の「量」。2つ目は、眠りが安定している睡眠の「質」。そして3つ目は、適切な時間に眠れる睡眠の「タイミング」です。
この3つを満たせるように、環境を整えてみましょう。そのためにはいくつか、良質な睡眠につながりやすいポイントがあるんです。
・昼寝は15時までに、20分程度
昼間にどうしても眠くなってしまう場合は、昼寝をするといいでしょう。長い昼寝は夜間の睡眠を阻害しますが、15時前の10〜20分程度の昼寝なら問題ありません。
1日の中で眠気には波があって、14時から16時は一般的に眠気が強くなる時間帯といわれています。この時間帯や夕方の眠気を軽減させるために昼寝をするなら、少し前の昼食をとった後がおすすめです。ただし、熟睡しすぎないよう、椅子に座った状態でウトウトする程度にしてください。
・日光を活用する
毎日同じ時間に起きて、午前中に日光を浴びてください。体のリズムを調整するメラトニンというホルモンは、目覚めて光を浴びてから約14時間後に分泌が始まり、その2時間後に最大化するといわれているため、このリズムを利用するとうまく入眠できるのではないでしょうか。7時に起床したらまず日光を浴びて、23時頃に就寝というようなリズムです。
なお、眠る前にパソコンやスマートフォンの強い光を見ると、寝付きが悪くなるので避けましょう。
・「眠い」を優先する
夜になって「眠いな」と思ったら、その自然な眠気に従ってすぐ寝ることをおすすめします。一度眠気を逃してしまうと、次に眠気のピークが来るのは約2〜3時間後。家事や仕事などが気になるとは思いますが、眠気が軽くなるまでボーッとして過ごし、眠気が軽くなってから家事や仕事をすると、寝る時間が遅れ、寝不足の原因になります。
ですので、この自然な眠気に従って早めに就寝しましょう。眠い状態でがんばっても効率が悪いので、これを機に早く寝て早く起きる、朝方生活(朝活)に変えるのもいいかもしれません。
・寝酒はしない
お酒を飲むと「寝付きが良い」と思うかもしれませんが、これは誤解。寝ているあいだ、人はノンレム睡眠とレム睡眠を交互に繰り返して心身疲労を回復させますが、アルコールを摂取すると、この眠りのリズムが崩れてしまいます。
アルコールによるリラックス効果で寝付きが良くなったように感じますが、アルコールが分解される頃に眠りが不安定になり浅くなってしまうんです。一見、早く寝付けて早く目覚めるように思えますが、途中で起きてしまったり、不安定な眠りのため寝た気がしなかったりと、睡眠の質の低下につながります。深酒はせず、寝る数時間前までには飲むのは終わりにしましょう。
・寝る前に軽いストレッチやヨガを取り入れる
寝る前に5分から10分程度のストレッチやヨガを取り入れると、寝付きまでの時間が短くなったり、中途覚醒時間が減ったりすることがわかっています。睡眠までにリラックスする時間を取ることで眠りの質も向上するので、ぜひ試してみてください。
不眠は早めに対処して、つらいと感じるなら専門家に相談しよう
――良質な睡眠を得てすこやかに暮らすためには、できることから試すのが大切ですね。最後に、不眠に悩む方にメッセージをお願いします。
睡眠障害の症状は、早期に発見し、早期に治療することがとても重要。放っておくと日常生活の質が低下し、心身に深刻なダメージを与えます。何か疾患が関係して眠りの質が落ちていることもありますので、「途中で目が覚める」「寝た気がしない」「昼間、耐えきれないほど眠くなる」といった症状があったら、まずは睡眠外来・睡眠クリニックなど適切な医療機関を受診して原因を見極めましょう。「どのくらい症状が続いたら受診すべきか」と悩む方もいますが、ご自身がつらいと感じるなら、なるべく早く来ていただきたいと思います。
ご自宅では、先程ご紹介した良質な睡眠の条件を満たすポイントを押さえて、就寝環境を整えてみてくださいね。
<プロフィール>
中村 真樹(なかむら まさき)
青山・表参道 睡眠ストレスクリニック院長、日本睡眠学会専門医。公益財団法人神経研究所附属睡眠学センター研究員と、東京医科大学睡眠学講座の客員講師も務めており、臨床と研究の両面から「睡眠の問題」に取り組んでいる。著書に「仕事が冴える眠活法」(三笠書房)などがある。
執筆者プロフィール