芸術品のような硬貨が並ぶ!造幣局さいたま支局に行ってきた(前編)
お金には紙幣と貨幣がありますが、どこで製造されているかご存じでしょうか。混同しがちですが、紙幣(日本銀行券)は独立行政法人国立印刷局、貨幣は独立行政法人造幣局により製造されています。それぞれ別の組織で作られているのです。
今回は、貨幣を製造している造幣局さいたま支局へ伺い、お金の製造工程や偽造防止技術、勲章の製造工程を見学させていただきました。
造幣局といえば大阪府・天満にある本局が有名ですが、実は埼玉県にも支局があるんです。
行政改革によって独立した造幣局の役割
造幣局さいたま支局は、元々池袋にあった東京支局が2016年10月に移転してできた施設で、現在はさいたま市大宮区にあります。JR「さいたま新都心駅」からは、徒歩で12分ほど。
そもそも、造幣局とはどのような組織なのでしょうか。造幣局さいたま支局・広報室の岩崎光男さんにお伺いしました。
「造幣局は、かつて大蔵省の特別の機関でした。それが行政改革により、2003年に当時の財務省から切り離され、独立行政法人となりました。ただ、造幣局は、公共上の事務等を正確かつ確実に執行することを目的とする独立行政法人として、国家公務員の身分が付与されています」(岩崎さん)
造幣局は大阪市に本局、広島市とさいたま市に支局があり、3局で役割分担をしています。造幣局の事業内容は、下記の4つです。
<造幣局の事業内容>
(1)貨幣製造事業(お金の製造)
(2)装金事業(勲章・褒章および金属工芸品の製造)
(3)試験・検定事業(貴金属製品(指輪、ネックレスなど)の品位を証明するなど)
(4)貨幣販売事業(貨幣セット、プルーフ貨幣セットの販売)
まるで芸術品のようなプルーフ貨幣
さいたま支局のメイン業務は、プルーフ貨幣の製造です。プルーフ貨幣とは、表面に鏡のような光沢を持たせ、美しい模様を浮き出させたお金のこと。通常の貨幣とは別の工程で製造され、非常に美しい仕上がりです。
通常の貨幣と同じように使うことができますが、「お金の芸術品」といって良いでしょう。
令和4年の通常プルーフ貨幣セット(年銘板有)。毎年申し込みが殺到する人気商品。
ニュースで勲章や褒章の伝達式の様子が報じられることがありますが、勲章やそのほかの栄典の授与は天皇陛下の国事行為に位置づけられており、その製造は造幣局が行っています。
500円硬貨が変わった!2色3層構造のバイカラー・クラッド
2021年11月、新500円貨幣の流通が始まりました。500円貨幣が初めて登場したのは1982年。2000年にデザインが変更され、今回の500円貨幣は3代目となり21年ぶりのデザイン変更です。
新500円硬貨は、周囲と真ん中で材質が異なる2色3層構造の「バイカラー・クラッド」という技術が採用されています。さらに、新500円硬貨の縁には、新たに「異形斜めギザ」が導入されました。これは、斜めギザの一部を異なる形状にしたもので、通常貨幣(大量生産型貨幣)で採用されるのは世界初とのこと。
2021年に発行された新500円硬貨の模型。3つの材質を組み合わせた複雑な形状。
いったいなぜ、ここまで複雑な構造にしなければいけないのでしょうか。
「日本の500円玉は、世界でも有数の高額面貨幣なんです。金額として非常に価値が高いため、偽造の対象になりやすい。旧デザインの500円玉にも採用されている潜像、斜めギザ、微細点などは、すべて偽造防止のための技術です」(岩崎さん)
旧デザインの500円玉にも偽造防止技術が施されていた
かつて、ある国の硬貨を加工し、自動販売機で500円硬貨として使用する事件が続出しました。ある国の硬貨は7.6gで、当時のレートでは日本円で約50円。初代500円硬貨は7.2gで、材質もほぼ同じことから、偽造対象として目をつけられたのです。
そこで、偽造防止の目的でデザインと材質を変更した、現在流通している2代目の500円硬貨が登場しました。亜鉛を少し入れたため、やや金色っぽく色が変化しました。そして2021年11月に流通が始まった新500円硬貨が、3代目のデザインとなります。
500円玉がピカピカで美しい!工場見学
造幣局職員の向井良徳さんにガイドしてもらいながら、実際に貨幣を製造している現場を見学させていただきました。
一般に流通する貨幣の製造工程は、下記の8つです。
<貨幣の製造工程>
1. 溶解(材料を溶かし鋳塊をつくる)
2. 熱間圧延(鋳塊を加熱し高温のうちに所定の厚さに圧延する)
3. 冷間圧延(常温で貨幣の厚みに延ばし巻き取る)
4. 圧穿(あっせん:貨幣の丸い形に打ち抜く)
5. 圧縁(周囲に縁をつける)
6. 洗浄(表面の酸化膜や油を取り除き乾燥させる)
7. 圧印・検査(表裏の模様およびギザをつけ、傷がないかチェックする)
8. 計数・袋詰め
これら8つの工程のうち、さいたま支局では「7. 圧印・検査」「8. 計数・袋詰」の工程を行っています。
同じ通常貨幣ではありますが、さいたま支局ではおもにプルーフ貨幣を製造しています。プルーフ貨幣とは、一般に流通する貨幣とは異なる工程で作られる、金属工芸品的な性格を持つ貨幣です。
まず、円形(えんぎょう:貨幣の模様をつける前の、金属の丸い板)についた油分を、洗浄装置を使って取り除きます。その後、貨幣の模様をきれいにつけるため、円形に500~800℃の熱を加えて柔らかくします。熱を加えると円形の表面に酸化膜ができるので、それを取り除くため酸で洗います。
ここからが、通常のお金では行われていないプルーフ貨幣独自の作業、研磨です。大きな機械の中に、円形と2.4mmのステンレスのボールおよび潤滑剤を入れ、約2時間、表面を擦って磨くのです。出てきたところを見てみると、ピカピカに輝いていました。円形と研磨材をいっしょに振動させることにより擦り合わされ、表面が滑らかになり光沢が出るそうです。
研磨された円形についているゴミなどをすべて洗い落とした後、変色を防ぐため、すぐにタオルで水分を拭き取ります。このタオル拭きは手作業。丁寧に造られていることがわかりますね。
まだ模様が入る前の1円玉。すでにピカピカですが、ここからさらにきれいになるとのこと。
その後、貨幣の模様をつけるためのプレス工程へ。模様を鮮明に出すため、2回以上連続してプレスします。出来上がった貨幣は、傷がないか目視でチェックします。
出来たての500円玉。美しい!
貨幣の色を保つため、表面に透明なアクリル塗料を吹きつけて変色しにくくします。さらに、出来上がった貨幣に傷がないか、きちんと塗料が吹きつけられているかを目視で確認します。少しでも異常があればアウト。ずっと同じ硬貨を見ていると、疲れてしまいそうですね。
「おっしゃるとおり、検査を担当する職員は目が痛くなったり肩が凝ったりして大変です。同じ硬貨ばかり見ていると傷や色の異常がわからなくなるので、硬貨の種類を変えながらチェックしています」(向井さん)
プラスチックケースに1円から500円の硬貨をそれぞれ組み込み、外側の特殊革ケースと組み合わせるとプルーフ貨幣セットが完成します。プルーフ貨幣セットは6種類の硬貨が1枚ずつ入っているため、額面としては666円です。
でも、実際に購入する金額は税込み7,857円(消費税・送料込)と高額に。いったいどんな人が買うのでしょうか。
「コイン収集家の方がメインです。それ以外では、結婚式や赤ちゃんの誕生祝い、家を新築したときなど、ギフトや記念品として購入される方が多いですね」(向井さん)
年号が変わる平成31年および令和元年のプルーフ貨幣セットは大人気だったとのこと。一生に一度の記念として、持っておきたい気持ちもわかりますね。
熟練した職員が手作業で仕上げる!勲章の製造工程
勲章の製造は、貨幣製造の技術を応用して行われています。ただし、貨幣とは違い、金属に釉薬を焼きつける七宝やヤスリがけ、金メッキ、組み立てと、ほとんどが手作業です。
きれいに並んでいる「瑞宝小綬章」。
取材時に作業されていたのは、極めて優れた技能を持つ「東京都優秀技能者(東京マイスター)」として認定された、柴田智之さん。黙々と加工作業を進めていました。
ミニチュア版の勲章「略小勲章」。
作業場の前には、略小勲章が展示されていました。略小勲章とは、本勲章と同様の形式と彩色を備えた小型勲章(ミニチュア)のことで、式典などの際、本勲章に代えて着用することができます。
造幣局では、春秋叙勲・危険業務従事者叙勲・高齢者叙勲・文化勲章の受章者を対象として、略小勲章を製造、販売しています。販売価格は、大勲位菊花大綬章・桐花大綬章の略小勲章が約20万円、文化勲章・旭日章・宝冠章・瑞宝章の略小勲章が約4~6万円です。
「小さくてかわいらしいので、お土産として買って帰りたいといわれるお客様も多いのですが、あくまで勲章をもらった人しか購入できないんです」(向井さん)
千両箱を持ち上げる体験コーナー
博物館2階には、貨幣袋や千両箱を持ち上げて重さを体験できるコーナーがありました。
小判が1,000両入っていた「千両箱」の模型。重さは約20kg。
千両箱の隣には、1円から500円まで、それぞれまとまった枚数が入っている麻袋が並んでいました。
「銀行や信用金庫の従業員は、毎朝これを金庫から出しているので、大変ですよ」(向井さん)
確かにこれは重労働ですね。実際、腰を痛める人もいるそう。
手にしているのは、500円硬貨が2,000枚(100万円)が入っている袋。重さは14kg。
奥には、貨幣の健康診断機「コイン君」がありました。長く使ったお金は、薄くなったり軽くなったりと劣化していきます。
健康診断機のコイン君にお金を入れれば、厚みや重さをチェックしてくれるのです。「しんだん書」には「働きすぎ」「健康」など、劣化の度合いが明記されます。
貨幣の健康診断機「コインくん」。
硬貨には世界最高水準の技術が使われている!
普段の生活ではあまり気にすることのなかった、貨幣のデザイン。よく見ると、本当に細かい技術が施されていることがわかります。日本の貨幣製造技術は、世界一の水準といわれています。紙幣に比べると硬貨はぞんざいに扱いがちですが、もっと大事に使わなくてはいけないなと、改めて思いました。
次回、後編では、造幣局さいたま支局に併設された「造幣さいたま博物館」を巡ります。江戸時代に使われた大判や小判、日本初の流通貨幣といわれていた和同開珎、第二次世界大戦末期に作られた幻の貨幣など、珍しいお金がたくさん登場します。
(取材・執筆:村中貴士、撮影:大澤妹)
●取材協力
独立行政法人造幣局さいたま支局
〒330-0835
埼玉県さいたま市大宮区北袋町1-190-22
工場および博物館の見学(いずれも無料)については、造幣局のウェブサイトからご確認ください。
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